生成AIによる楽曲自動生成ツールが次々と登場するなか、テキストによるプロンプト入力をあえて排し、直接音に触れて遊ぶアプリ群を開発する新興企業が現れました。元Spotifyの幹部が創業した「A Vinyl Bar in Shibuya」が打ち出す独自の音楽体験と、その設計思想を公開情報から整理します。
この記事の結論
A Vinyl Bar in Shibuyaは、元Spotifyのイノベーション責任者が立ち上げた、生成AIのプロンプト入力を用いずに音の操作体験を提供する新興企業です。ブラウザ拡張機能やWebサイト、iOSアプリなどを単曲のように連続リリースしており、能動的に音楽へ参加するUIが特徴です。全自動生成ツールとは異なり、利用者が自ら音に触れて加工する楽しさに焦点を当てています。
A Vinyl Bar in Shibuyaはどんなアプリ群を提供している?
A Vinyl Bar in Shibuya(ア・ヴァイナル・バー・イン・シブヤ)は、インディーズバンドのような社名を冠した音楽テック系スタートアップです。同社はアルバムを構成するシングル曲のように、独立した小さなWebサービスやアプリを連続して公開する手法をとっています。
いずれのプロダクトも、画面上の要素を直接操作して音を変化させたり、直感的に音楽を組み立てたりする点に共通項があります。一般的な生成AIツールのように「指示文を打ち込んで曲を出力させる」形式は採用していません。

現在までに公開が確認されている主なツールと機能は次の通りです。
| ツール名 | 提供形態 | 確認済みの機能と操作 |
|---|---|---|
| Speed Surfer | Chrome拡張機能 | ブラウザ内で再生中の音声の速度やフィルターを変更する |
| Usersound | Webサイト | 各アルファベットを音符に見立て、音声によるユーザー名を作成する |
| Stacks | Webサイト | 3×3のグリッド上でバーをオン・オフし、音源パートを組み合わせてミックスを作る |
| Drops | Webサイト | 画面上にプレートを配置して落下する玉を跳ね返し、音符を鳴らす |
| Sampler | Webサイト | YouTube動画のビート情報をもとに、音楽サンプラーへ変換する |
| bop | iOSアプリ | ベース楽曲に楽器やエフェクトを配置し、リミックスを作成してSNSへ共有できる |
たとえばStacksで用いられている「ステム」とは、楽曲全体をボーカル、ドラム、ベースといった個別の楽器パートごとに分離した音源データを指します。利用者は専門的な波形編集ソフトを覚えることなく、グリッド操作だけでパートごとの抜き差しを楽しめる仕組みです。
主力iOSアプリbopは楽曲の再構築とSNS共有に特化している
同社が展開するツール群のなかで、より本格的な位置づけとなるのがiOS向けアプリ「bop」です。このアプリでは、用意された基本楽曲(ベース曲)の上に、楽器やエフェクト(音響効果)をグリッド状に配置して自分好みのリミックスを構築できます。
グリッド配置のほか、曲全体のテンポ調整や、一度だけ鳴らすワンタイムエフェクトの追加にも対応しています。完成したリミックスは、TikTokやInstagramなどのSNSへ直接書き出して投稿できる導線が用意されています。

さらに同社は、複数人で同時に楽曲をリミックスできるマルチプレイヤー版の開発も進めています。単独の音楽制作にとどまらず、ゲームのように友人とリアルタイムで音を掛け合わせる体験を目指していることが窺えます。
生成AIが普及するなかでプロンプトを排除した理由は?
音楽業界ではプロンプトから楽曲全体を自動生成するAIサービスが台頭していますが、A Vinyl Bar in Shibuyaはその潮流とは意図的に距離を置いています。創業者のMauhan M Zonoozy(マウハン・M・ゾヌージ)氏は、すべての機能にAIを詰め込むことはしないという明確な判断を下していると語っています。
Zonoozy氏はSpotifyでイノベーション部門の責任者を務めた経歴を持ち、それ以前には動画切り抜き・リミックスのスタートアップBubblを立ち上げてCricket Mediaへの売却を経験しました。2024年にSpotifyを離れた同氏は、音楽ストリーミングによって楽曲へのアクセス問題は解決したものの、人々の音楽体験がいまだ「受動的な消費」にとどまっていることに着目しました。
若い世代がゲームや画像フィルター、クリエイティブツールを通じてカルチャーと相互に触れ合って育っている現状を踏まえ、音楽においても同じように参加できる環境が必要だと考えたことが創業の動機となっています。
TechCrunchの報道によると、同氏はAIの強力さを認めつつも、音楽の未来が単なる楽曲の自動生成だけにあるとは考えていないと説明しています。AIによって楽曲コンテンツが過剰に溢れかえる時代になるからこそ、人間の趣味嗜好や視点、能動的な関わりや参加の価値がより高まるという見解です。
ただし同社はAI技術自体を完全に拒絶しているわけではありません。利用者が触れるUIの表面からプロンプトを排除する一方で、アプリの開発業務や基盤インフラを強固にする目的でのAI活用には前向きな姿勢を示しています。
プレシードで550万ドルを調達し参入基盤を固めている
A Vinyl Bar in Shibuyaは、プレシードラウンドにおいて550万ドルの資金調達を完了しています。プレシードとは、事業の初期構想やプロトタイプ検証の段階で実施される資金調達フェーズのことです。
出資元には、Mantis VC、SV Angel、Boxgroup、Quiet Capital、ERA、Common Metal、Gold House、Liquid 2 Ventures、Breakers VC、Systemic Venturesといった複数の投資会社が名を連ねています。

さらに、Spotifyで元チーフコンテンツおよび広告ビジネス責任者を務めたDawn Ostroff氏が顧問(アドバイザー)として参画しています。音楽ストリーミング業界の知見を持つ人物が加わっている点は、今後の展開を支える重要な後ろ盾と言えます。
また同社は年内に「ミュージカル・サンドボックス・ミキサー(musical sandbox mixer)」と呼ばれる新プロダクトのリリースを予定しています。利用者が自ら楽器を作成する機能を含め、音作りのさまざまな要素を自由に組み合わせて遊べる空間を目指しています。
本格的な作曲用途とは目的と操作の前提が異なる
A Vinyl Bar in Shibuyaのプロダクト群を検討する際は、専門的な楽曲制作ソフト(DAW)や、指示文から完成曲を出力する自動生成ツールとは目的が根本から異なる点を認識しておく必要があります。
各ツールは完成された音楽の制作を支援するツールではなく、フィルターをかけたり音の並びを変えたりして「音遊び」を楽しむ軽量なインターフェースです。現時点で公開されているツールの多くはブラウザ拡張やWebベースの実験作であり、複雑なトラックメイキングやプロジェクト間連携を行う仕様にはなっていません。
プロンプト入力による自動生成ではなく、視覚的・触覚的なUIを通じて音を再編集したい方や、短尺動画向けのオリジナル音源を作りたいクリエイターにとって、今後のサンドボックス機能を含めた展開が注目されます。
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